蒼穹の黙示録

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3度目は聖なる夜に

 ――ある、空気の冷たさが染みわたり見渡せば数々の人と建物。
 その建物やら所々置かれている置物やらにに赤と緑の装飾、色とりどりの光が刹那にチカチカと煌めいていた。
 すれ違う人々の声から聞こえる「クリスマス」という言葉。
 今日、この世界では「クリスマス」という日、らしい。
 らしいと言うのは、今までは自分には関係ないと思っていたものだからだ。
 其の実、そういう人間の祝い事などには興味がなかった。そんな自分がまさかクリスマスとやらに便乗することになろうとは。
 アイテールはそう片隅に置きつつも、ある人のことを考えていた。愛しい人のこと。

 その人は、夜明けを待つ夜の紫の眼と、その夜空に浮かぶ月のような色素の薄い眼。
 髪も黒ではあるが、下になるにつれて紫になっていってるその様はまさにこの人は夜を想わせる人だった。
 同時に、崖の下に月明かりに照らされながらひっそりと咲いている美しい花のような。

 美しくもある愛おしい妻であるオーディン……、もといヴィズリルに似合う贈り物はなんだろうか。
 元々、アイテールはヴィズリルに贈り物をしてこなかった。
 アイテールはそれをしなくとも、ヴィズリルは必要としないほど何でも手に入れられる全知全能な神であったためだったからだ。
 ……単に、今までのアイテールに贈り物という発想がなかったからかもしれない、が。
 それはともあれアイテールはヴィズリルに贈るものを考えていた。
「……どうしたものか」
 彼女には何がいいだろうか。菓子の類や花などは陳腐だろうか。そんなことを考えながら。

 そうは言え、アイテールからの贈り物はプロポーズしたその日、寝ている彼女にそっと指輪をはめたことぐらいだろうか。
 あぁ、あと自分の身につけている装飾とお揃いのリボンもか。でも、それくらいだった。
 頭を悩ませていたアイテールの視界に入ったのは、あるアクセサリーだった。
 ヴィズリルを想わせるようなアクセサリーに目を惹かれたが、……あからさますぎるだろうか。
 ないよりはマシだと思い、いつの間にかアイテールはそれを手に持っていた。
 これでいいのだろうか。少しの不安も覚え、アイテールは愛する妻の元へと帰路に就いていた。

 家路へ着いたアイテールに「おかえり」と柔らかに微笑んでヴィズリルは出迎えてくれた。
 アイテールも、同じように笑みを浮かべて、ただいまと言う。
 ヴィズリルの優しい笑みはどうしようもなく好きであった。凛としていた男神の面影はほとんどないものの、
 優しく笑みを浮かばれるとアイテールは胸の奥がじんわりと熱くなってしまう。今もだ。
 今日は寒くなかったか。いない間はどう過ごしていたか。
 そんな他愛のない世間話をしながらアイテールは頭の片隅にどう切り出そうか考えていた。
 が、大層分かりやすいらしく、ヴィズリルはいつの間にか真剣な表情で黙ってしまったアイテールに不安の眼を向けていた。
 別にいやらしいことでもないし隠しごとでもないのだが、いざとなるとこうも照れてしまう。
 気構えしていたアイテールは決心してヴィズリルに言う。

「……オーディン」
「アイテール……? どうしたの?」
 アイテールの言葉にヴィズリルは小首を傾げ、そう言う。
「少し……。後ろを向いていてほしい」

 そのアイテールの言葉にヴィズリルは「……なぁに?」とくすりと笑いながら言い、その言葉通り後ろを向く。
 アイテールは用意されていたラッピングを開け、そっとヴィズリルにネックレスをつける。
「……アイテール、これって……?」
 ヴィズリルが少し目を見開くような、そんな驚きの様子を見せた。
 ヴィズリルの首元に、彼女の右目を連想させるような花を象った紫水晶のネックレス。
「……その、これを見たらオーディンを思い出して。それで似合うと思って」
 照れくさそうにアイテールはそう言う。
 その様子にヴィズリルは思わずふふっと笑い始め、ついには堪えきれずクスクスと笑ってしまう。
 なんとも彼らしい理由だろう。なんとも彼らしい言い草の様子だろう。
 アイテールも思わずムッとしてしまう。「……そんなに笑う事もないだろう」と。
 それも、あの頃から全く変わっていない。あの頃も、そんなことを言っていた。

「……ううん。ありがとう、アイテール」

 ぽすっとアイテールに寄りかかり、愛し気な表情で目線を向けながら言う。
 アイテールも「ああ」と、その表情にゆるゆると緩んだ表情になり、思わずヴィズリルの頬を撫でる。
 喜んでくれてよかった。
 アイテールは内心そう思いつつも、実はと言うと自分の持っている、蝶を象った青い石のネックレスも意識しただなんて。
 ……そんなことは、またヴィズリルに笑われてしまうから、アイテールは言わないのだが。
 そんなところも、ヴィズリルからもお見通しなのは知らずに。ヴィズリルも、内心で笑いつつも黙っておくのだ。
 アイテールからの、ヴィズリルへの3度目の贈り物はとある寒さが染み渡る夜の、聖なる夜だった。

3度目は聖なる夜に アイテール×オーディン

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