蒼穹の黙示録

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銀の宵と銀の黄昏

 ──その人物は、いや神であろうか。
 その神の燃え盛るように赤い眼は、黄昏のようでもありどこか寂しさを感じさせて、
 彼の銀の髪がその空を隠す雲のように、そんな儚さの片鱗が見えたように感じた。
 彼を見澄ますユーリヤは、そう思いそれ以上に、からかいやすそうな人だなと思ったのが印象的だ。

「…なんだよ、ユーリヤ。そんなニヤニヤして」
「いやぁ〜別に〜?」

 ユーリヤの言葉に彼、雷神トールは寄せていた不満気に眉間の皺を一層深くさせる。
 雷神トール。北欧神話では主神オーディンの息子であり神々の敵である巨人と対決する戦神として活躍する神だ。
 その彼こそがかの北欧神話の雷神であるトールその人、いや神だ。
 彼の様子にクスクスと可笑しそうに笑うユーリヤの周りにひらりひらりと3つに光り輝く『記憶』が舞う。
 このユーリヤの周りに舞う蝶を象った記憶。ユーリヤにとって大事なものだ。
 これがないとユーリヤはある3つのこと以外は全て1週間で抜け落ちてしまう。そのはずだった。
 それが何故だろう。この世界、ユグドラシルに来てからはここで出会った人のこと、見た光景。
 様々なことが、全て覚えている。あの世界や、自分のこと。そしてあの人のこと以外のことを覚えている。

 嗚呼、こんなことがあっていいのだろうか。ユーリヤはそう思いながらトールを見る。
 変わらず眉間に皺を寄せたままだ、彼はいつだってそんな仏頂面な表情だ。
 彼の仏頂面は見たことがないというぐらいだ。そんな彼の眉間の皺を無くしてやりたいと思っていたがそれはもうやめた。
 ……いや、トールの眉間の皺を無くしたことは、ただ一度だけあった。

「トール、おいで」
 
 あの時、差し出した手を取ったトールの表情は、確かに。
 そして自分の手を取ってくれたこと。今こうして自分の隣にいて一緒に歩んでいること。
 ……そして、いつも仏頂面な彼が、こうしてコロコロと表情を変えて見せてくれること。
 嗚呼、こんなことがあっていいのだろうか。
 再びそう思いユーリヤはそんな彼が愛おしく思い、彼に口付けを落とした。
 それにトール一瞬ポカンとした表情を見せ、しばらくしてから驚愕した表情、そして赤面へとユーリヤにコロコロと表情を変えて見せる。
 な、な、なにやって。そんなことを言いながらトールは突然のことながらも恥じらいを見せる。
 それがいっそうユーリヤの笑いをハハハと大きくさせる。トールはそれが気に喰わなかったのか再び眉間に皺を寄せた。
「トールのこと好きだな〜って思って、つい」
「なっ……!」

 トールはまたもや目を見開き表情を変えた。そして何か言いたげそうな様子をしている。
 ユーリヤは細めた宵の目を白銀の髪から覗かせる。真面目な彼のことだ、きっと次に言うことは。
 突如グイっと引き寄せられた。そう気付いたのはユーリヤとトールの唇が触れ合っている時だった。
 先程のトールと同様に彼の行動に驚愕し、段々と顔が熱くなった気がした。
「……俺も、好きだよ。ユーリヤ」
 トールの表情はしてやったりな、悪戯をした子供のような。そんな笑みを浮かべていた。
 ユーリヤはすかさず自身のフードで顔を隠したが遅かったようだ。先程とは反対に今度はトールがケラケラと笑っている。
「……もう、それはずるいって」
「ハッ、お前にだけは言われたくねぇよ」

 フードの隙間から覗くとトールが笑っている。嗚呼、こんなことがあっていいのだろうか。
 愛しい人と2人でこんな風にできるなんて、あの世界では考えもしなかった。
 もしもこんな自分でも許されるなら。
 この世界ならきっと貴方を愛せるのだろう。忘れずにいられるのだろう。共に同じ時を刻めるのだろう。
 もしまた、貴方を忘れてしまっても、きっとまた貴方に恋をするんだろう。
 そんな確信はないが、ユーリヤはそんなことを思った。
「……トール、愛しているよ」
「知ってる」
 そしてまた、トールと共に、愛する人と共に2人は白銀の髪を揺らし始めた。


銀の宵と銀の黄昏 ユーリヤ×トール

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