名家というもの
もはや、今は西暦何年かわからない世の中。かつてそこにいたであろう生物達も今や幻だったかのようにいなくなってしまった、この世の中。
突如大きな災害が起き、地上が減ったことにより人々は、
残った土地が一番広い土地を『ヴォルトゥ帝国』と改め暮らしていた。
ヴォルトゥ帝国は『エアースト』『ドヴァー』『シャイス』『ツェトゥル』『クヴィーナ』『セスタ』『スィエテ』と
全部で7区域に分けられている。
まあこの7区域は簡単に言ってしまえば、エアースト区を含めた3区域は名家など位が高い者住み、
残りの4区域は一般人や落ちぶれた者が住む区域だ。
名家、といえば代表的な名家が5つある。
――1つは『ギルバート家』。
――1つは『シュトルツェ家』。
――1つは『ナイツェル家』。
――1つは『アレニウス家』。
――1つは『バシェリー家』。
この5つの名家は、天使を撃ち破ったという歴史があることから5名家として崇められている、らしい。
正確にはギルバート家が天使に止めを刺し、他の4名家はその援護にすぎなかったらしいが。
「……天使だとか名家だとか馬鹿馬鹿しい」
その名家の1つのナイツェル家の出身、クラウス・ナイツェルはそう呟いた。この壊れた世界で、学校などという、
なんとも呑気な団体施設に向かう途中だ。学校と言っても霊力が高い者を選抜する施設なのだが。
クラウスは天使という概念を信じなかった。己の見たことしか信じない主義だったからだ。
だから神や天使を恐れている人々の気持ちが微塵もわからなかった。
天使などというものを打ち破ったという名家が、馬鹿馬鹿しかった。そんなの誰かの戯言に決まっているはずだ。
そして何よりクラウスは、その馬鹿馬鹿しい理由で名家に生まれてきてしまい、
自分の人生が決められてしまうのが嫌だった。
この5名家の宿命、天使による災害の影響か突如現れた謎の化け物『ブリガンテ』を殲滅し、出処を明晰にし絶やす。
それが、『ギルバート家』『シュトルツェ家』『ナイツェル家』『アレニウス家』『バシェリー家』に生まれてきた者に、
必然的に与えられる宿命だった。
殊にその中の1つの名家ギルバート家がヴォルトゥ帝国の頂点に君臨し、他の4名家を従わせる。
名家と言っても奴隷に近い感じだ。
加えて近頃のギルバート家は酷かった。ギルバート家の夫人がたった1人の子供を出産して他界したからだ。
その1人の、純潔なギルバート家の血筋の子を遺す為に、4名家の者が死んでもその子を生き残らせるために。
ギルバート家は4名家以外の極めて霊力が高い者を養子にさせ、より優秀な子を産ませる。そういう家訓があった。
他の4名家の者と結婚させないのは、ギルバート家の血筋に他の名家の血が混じるのは嫌なのだろう。
だが、近来は困ったことに5名家以外の霊力が高い者がいなかった。ギルバート家は思案した挙句、
4名家の中で霊力が高上であったシュトルツェ家と結婚させることにした。
シュトルツェ家も厭々ながら、シュトルツェ家の名を遺すことを条件にそれを承諾した。ギルバート家も同じことだろう。
「シュトルツェ家も災難なもんだ」
そう言ってクラウスはせせら笑う。望まぬ結婚にシュトルツェ家の者に同情をせざるを得なかった。
いや、同情によりそれを言う理由は他にもあった。
クラウスはシュトルツェ家の娘、『オリヴィア・シュトルツェ』に密かに好意を寄せていたからだ。
初めて会った時は8歳の時だろうか。
初めて会った時、オリヴィアは人見知りで大人しく、立ち振る舞いもぎこちないものだった。
そんなオリヴィアの態度にどうしたら打ち明けてくれるかとクラウスは悩みに悩み、
不器用ながらも花冠を作ってオリヴィアにそれを贈った。花なのは女子は花が好きなのだろうとクラウスの思い込みだ。
それを受け取ったオリヴィアの「ありがとう」と嬉しそうな笑顔が、一瞬にしてクラウスの胸の鼓動を速くさせた。
その時からだろうか。彼女の姿を目で追うようになったのは。守ってあげたいと思ったのは。
だが、そんなオリヴィアもギルバート家に奪われてしまった。
オリヴィアの意思を、クラウスの意思を無視して、嘲笑うかのように。
「……あいつも俺も本当に、災難だ……。本当に」
蚊の鳴くような声でクラウスはそう言った。大切な人を、ギルバート家の都合で奪われてしまった。
だから、クラウスはギルバート家が嫌いだった。いっそ殺してしまってオリヴィアを取り戻そうとまで考えている。
だがそれは無理な話だった。ギルバート家の者は霊力が4名家と比べものにならないくらい高いからだ。
クラウスには、無理だ。クラウスは唇をかみしめた。
そんなクラウスをよそに何やら人の笑い声などが聞こえてきた。
見上げると、学校という名の建物があった。クラウスはここで三年間通うのだ。正直、学校に通わなくても
クラウスは英才教育を受けているし、霊力も優れているのでなぜ自分が学校に行くのかが分からなかった。
クラウスは校門をくぐり抜け、靴箱がある玄関へとぼとぼと向かった。
そしてその玄関の前に辿り着いた。
玄関にクラスを割り当てた名簿が貼附されていた。周りには人溜まりができている。
クラウスはその人溜まりの後ろからうっすらと名簿を見る。
その名簿の片鱗に目がついた。ああ、やっぱりか。
案の定、ギルバート家とは同じクラスだった。シュトルツェ家、アレニウス家、バシェリー家の者とも一緒だ。
名前はそれぞれ『セシル・ギルバート』『オリヴィア・シュトルツェ』『レイラ・アレニウス』『クロード・バシェリー』と
表記されていた。嫌でも頭の中に入って来る。
恐らくギルバート家の5名家を同じクラスにさせる陰謀であろう。
何があっても早急に対処できるため近くに置いておきたいのだろう。
「うわっ、1年3組5名家全員いるじゃん」
「本当だ……。俺3組なんだけど」
「5名家の方と同じクラスなんてどうしよう……。失礼のないようにしないきゃ……。」
「…………」
そんな些事な人々の戯言を聞きながら、クラウスはふと騒がしい人溜まりから離れた所にいる人物に目を付けた。
その人物は美しい銀色の髪、宝石のような少なくともクラウスが会った者の中では見たことのない、
深い青の瞳を持っている少年だった。
名簿を見ているわけでもなくただボーっとしているだけに見えた。
いや、正確にはどこを見ているかまるでわからなかった。
遠くからでもわかる人形のように整っており、冷たささえ感じる顔、そして銀色の髪と深い青の瞳。
その少年の周りだけ違う世界にいるような雰囲気だ。
クラウスにはその少年がわかる。恐らく、あれが『セシル・ギルバート』だろう。
「……セシル・ギルバート」
クラウスは恨めしそうに呟く。あいつが、オリヴィアを奪った。そう考えるだけで怒りがふつふつと湧いてくる。
セシルがこちらの視線の気が付いたのかクラウスの方に顔を向け、微笑みながら手を振った。
その仕草でさえ絵になるようだった。一瞬だが。セシルの青い目に吸い込まれそうな不思議な感じだった。
そして何時にしか、セシルに対する憎しみはいつの間にか消えていた。不思議な奴だ。
やがて自分の在り所を確認した生徒達はそれぞれ自分の教室へと足を運んで行った。
セシルはいつの間にかいなくなっていた。
「……俺も行くとする、か」
そう言ってクラウスも、5名家が揃っている1年3組の教室に足を運んだ。