友達ごっこ
1年3組の教室の前に行き着き、扉を開ける。えらく静かだ。5名家の奴らが皆ここに集まっているからだろう。よくある入学した時のあの独特の緊張感とは違う。
クラウスは黒板を見る。ここにも名簿が貼附されており、各座るべき場所が記されている。
クラウスは一番後ろで左側の席。オリヴィアは右側の一番前の席。クロードは真ん中の前の席。
レイラは真ん中の後ろ。セシルはクラウスと逆、所謂一番後ろの右側の席だ。
こういうのは近くにしないんだな、とクラウスは思った。
ギルバート家の考えていることはわからない。いや、わかりたくない。
「はい、皆さんおはようございます、今日は入学おめでとうございます」
と、このクラスの担任である女性が入って来た。
5名家全員がこのクラスにいるからか教師とは思えないほどの落ち着きのなさだ。
しどろもどろな担任の話を聞き流ししながらクラウスは窓の外をボーっと眺めていた。
これから5名家全員と3年間一緒か……。クラウスはそう思い窓の外の光景を眺める。
セシルさえいなければ不満はなかった。オリヴィアもいることだ。だがセシルだ。クラウスはセシルを嫌悪している。
2人が婚約者である以上邪魔者であるクラウスはオリヴィアから引き離されることだろう。
「はい、これでホームルームは終わりです」
そんなことを考えているうちにホームルームが終わったようだ。少しの休憩時間の後、体育館で入学式だ。
朝のホームルームが終わり、セシルが席を立ち笑顔でクラウスの方に近付いてきた。遠くからでもわかっていたが、
近くで見ると顔が整っておりまるで作り物みたいだと改めて思った。
セシルがクラウスの方に向かっていくのを見て、クラウスの周りの生徒らは
蜘蛛の子を散らすように遠ざかって行った。
セシルはニコニコ微笑みながらクラウスに向かって言った。
「ねね、君、ナイツェル家の子でしょ。名家出身同士仲良くやろうよ」
「やだね」
「えーなんでさー」
誘いを3文字の言葉で断ると、セシルが不満そうに言う。クラウスはそれを適当にあしらった。
ギルバート家の者と仲良くする気はさらさらなかった。
関わったら面倒事に巻き込まれそうだからだ。クラウスはそれが嫌だった。
そしてなによりギルバート家は子供がセシルしかいない。
ギルバート家はセシルは何としてでも生き残らせようと他の名家を利用するに違いないからだった。
まあ、オリヴィアを盗られたという思いのが一番大きいが。
「最近の子はつれないねえ〜」
セシルがそんなことを言う。お前はいくつだ。クラウスは脳内でその言葉に突っ込みを入れた。
そんなセシルを無視してクラウスは席を立ちどこかに行こうとした、が。
「あっ、待ってよー」
とセシルが後から着いていこうとする。クラウスはそれを返す。
「お前、何が目的なんだよ。仲良しごっこなら他の奴らとやってろよ」
その言葉を聞いた瞬間セシルは急に態度をしおらしくする。
「えと、さっきもアレニウス家の子とバシェリー家の子にもそんなこと言われちゃってさ」
「それに周りの子達も話しかけようとすると逃げちゃうんだ」
「…………」
それは多分、名家と関わると否や利用されてしまうからだろう。道具として。
クラウスもセシルの吐露はわからなくもなかった。自分も名家というだけで周りから遠ざけられ、
友達という者がいなかった。いや、概念が無かった。
概念が無かったといい、寂しくなかったと言えば嘘だ。周りが楽しそうに笑い合っているのを遠くで見ているのは、
自分でもよく分からない虚無感が生まれていた。
「……シュトルツェ家の奴がいるだろ」
そうだ。セシルとオリヴィアは仮にも婚約者だ。無理矢理にでも仲良くさせられるだろう。
言ってて自分の胸の奥がチクリと痛んだのを感じた。
「あぁ……、オリヴィアね……。彼女、僕とはあんまり話したがらないみたい」
「好きな人、いるらしいよ。だから好きじゃない僕とは仲良く出来ないってさ」
などと言うことをセシルはサラっと披瀝する。その言葉がクラウスの胸の痛みを強くさせた。好きな人?
「好きな、人って」
「うーん。わかんないや。彼女話したがらないみたいだし。僕も無理矢理聞く趣味ないし」
クラウスの問いにセシルはそう答えた。そうか、好きな人か……。
思えば当たり前のことだった。8歳から一緒にいるが最近はあまり話さなくなった。
だから最近の様子もわからない。いつの間にか好きな人ができているのを気付かないのも当然だ。
クラウスがしかめっ面で考え込んでいるのをセシルが察して、言った。
「あれ、もしかして君、オリヴィアのこと……」
「違う!!」
即答でクラウスは答える。好きなのは事実だが、セシルに知られてしまうと弱みを握られた気分になるからだ。
それに、肯定するとセシルに負けたような気がして。
自分はオリヴィアに好きな人がいるなんてこと知らなかったのに。
「…………」
クラウスは俯く。そうか、好きな人か……。
そこでクラウスはある考えを思いついた。
「わかった」
「え?」
「3か月だけだ。3か月だけお前と仲良しごっこしてやるよ」
3か月、というのはセシルもすぐ飽きるからだろうと、オリヴィアの想い人を探りたかったからだ。
我ながら重いと思っている。
その言葉にセシルはぱあっと顔を明るくさせた。
「本当? 本当に?」
「嘘なんかついてどうする」
「へへへ、やったやった。友達友達」
セシルは嬉しそうに欣喜雀躍してみせた。
これがヴォルトゥ帝国の頂点に君臨するギルバート家の次期当主とは思えない無邪気さだった。
それに、セシルの様子と「友達」という響きに悪い気はしなかった。寧ろちょっぴり心地よかった。
「皆さん、そろそろ体育館に移動しますよ」
そこで、担任の声がした。
「あ、僕代表で前で話さなきゃいけないんだ。うえー」
「はは、お疲れ様だな」
すっかり仲が良さげになったクラウスとセシルに冷たい視線が各方面から感じたが気のせいだ。
ひとつ、悲しそうな視線も。気のせいということにした。