蒼穹の黙示録

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嘗ての日本という国

 授業も終わり、帰りのホームルームを終えた生徒達は開放されたかのように各自好きな事をしている。
 クラウスも特にすることがないので図書室に行って本を借り出してこようと思っていたのだ。
 するとそこにセシルが寄って来る。
「あれクラウス。どこに行くの?」
「図書室」
「僕も一緒に行っていい?」
「好きにしろ」 
 などと会話をしながら2人は学校の図書室へと向かう。周りの視線が少し痛いが気にしないことにする。
 ふとクラウスは思った。こいつは軍のことは大丈夫なのか、と。
 セシルは既に12歳で『ヴォルトゥ帝国ブリガンテ殲滅特殊部隊ルドラ軍』に入軍していたのだ。
 普通は早くても16歳からだろう。なのにセシルは既にルドラ軍に入軍している。
 つまりは、セシルの実力は想像を絶するものなのだろう。クラウスの予想の、遥か上。
 
 セシルは武器を持っていた。学校に。それでいいのかとクラウスは思うが言及するのも面倒なので言わない。
 セシルの武器はクラウスには見たことないものだった。
 剣にしては細すぎるし、短剣にしても長すぎる。それに、曲がっている。
 なんなんだこの武器は……と思いながらクラウスはセシルと談笑しながら、そのセシルの下げている武器に垣間見した。
 セシルはクラウスの様子には気付いていないようだ。楽しそうにクラウスに話しかけている。
 ルドラ軍に入っている者とは思えない歳相応な無邪気さだ。その無邪気さにクラウスも思わず笑みが零れる。
 
 そんなこんなしているうちに、あっという間に図書室に着いた。
 クラウスとセシルは誰もいない放課後の図書室に入る。クラウスは目的の物を探すためさっさと行ってしまう。
 セシルはそこらから適当に本を取って読んでいる。
 クラウスは目的の物を手に取る。医学。武術、歴史……。どれも中学生とは思えない程の難解な本だ。
 それらを全部手に取るとセシルのいる方に向かい、セシルが座っている向かいの席に座った。

 セシルはクラウスも目もくれず、本の文章に目を落としている。
 クラウスも最初は自分の手に取った書籍を読んでいたのだが先程見たセシルの武器のことが頭の隅から離れず、
 居ても立っても居られない状態だった。とうとう好奇心が勝ってしまったクラウスはセシルに言う。
「さっきから思ってたんだが、お前のその……剣? 見たことない武器だな」

 それを聞くや否やセシルは顔を上げ、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりの顔を明るくさせた。
(……あ、これは地雷を踏んでしまったか?)
 セシルのその顔を見てまた面倒くさい事になりそうだとクラウスは思った。案の定セシルがつらつらと語り始めた。
「あっこれね?僕が前に本で見かけた日本刀ってのをそっくりそのまま作ったやつ。名前は『朝光国行』で、ちなみにその日本刀は『明石国行』って言ってさ」
「その明石国行、国宝らしくてさ、すごい綺麗なの。一目惚れってやつかな〜。とにかく僕はその明石国行がどうしても欲しくてさ、でも日本ブリガンテに襲われてるし無いだろうなあって思ってさ」
「だからルドラ軍入軍祝いに明石国行とそっくりな日本刀作ってもらったの。いやー本物見てみたかったなあ」

 などとセシルは恍惚な表情で早口で話した。
 取り敢えず唯一クラウスが理解できたのは「入軍祝いに作ってもらった武器」ということだけだった。
 そしてセシルの言葉にはクラウスには難解な言葉があった。
 日本ってどこだ。日本刀ってどういう武器だ。武器に国宝ってなんだ。アカシクニユキ?
 色々疑問だったが、問いただすとさらに話が長くなりそうだったのでやめておいた。
 というよりも、聞いても理解できない気がしたからだったからだ。
「……その刀には、アカシクニユキ? と同じ名前は付けなかったのか?」
 セシルがつらつらと語った話の相づちでどう答えていいかわからず、ようやく出た言葉がこれだ。

 そのクラウスの言葉を聞いてセシルは不思議そうに答えた。
「え?確かに朝光は明石国行そっくりに作るようにお願いしたけどさ〜。僕の中での明石国行はあの一振りだけだよ。だからこの刀には別の名前を付けたんだ」
「はあ」
 セシルの言葉に「まあ、わからなくはない」とクラウスは思った。
 確かに本物はただ一つだけだ。どんなにそっくりな物を作ってもだ。
 そんなクラウスをよそに嬉々としてセシルは言葉を続けた。

「ねね、クラウス知ってる?日本には四季ってものがあるんだって」
「シキ?」
「そう。1年で春、夏、秋、冬に分かれててさ。それが全部景色が違うの。面白いでしょ」
「へえ」
 とクラウスは生返事はしたが内心は興味深々だった。
 1年間の間で景色が違うとはヴォルトゥ帝国では見られない物だからだ。
「どんな景色なんだ」
 クラウスがそう言うとセシルは「えーとね」と言いながら周りに積み上がっていた本達をパラパラとページをめくり探し始めた。

 そしてある1冊の本を開いて「あっこれこれ」とセシルはその本のあるページ開いてクラウスに向けた。
 それを見た瞬間クラウスは驚嘆した。そのページは色とりどりの景色の写真が載せられていたからだ。
「どう? 綺麗でしょ?」
 セシルが自慢げに言う。確かにクラウスは美しいと思った。
 樹に余す所無く咲く薄いピンクの花、その樹から舞い落ちる花弁。
 清々しいほどに青い空と濁りの無い緑色をした草むら達。
 火粉のように舞い落ちる朱色の葉に、炎のような朱色の儚げな森。
 そしてまるで引き込まれそうなほどに白く、宝石のような大地。どれも素晴らしい物だった
「なんだこれ……すげえ」
 膝を乗り出してそう言ったクラウスにセシルは「でしょー」と自慢気に返す。

「特にね、この春ってやつ。これ桜らしいよ。僕これ凄く綺麗だと思ってさー。一回見てみたいんだよね」
 セシルはとこか物寂しげな表情でそう言った。その夢が叶わないとわかっているからだ。
 クラウスはセシルの表情に胸を痛めた。そうか。
 こいつも自分と同じ、自分の人生を決められてしまった哀れな奴隷なのだ。
 そう思うとクラウスの口は自然と動いていた。
「桜。いつか見に行こう。アカシクニユキってやつも」
 その言葉にセシルは驚嘆の表情をさせた。自分でも意味の分からないことを言っているのは分かっている。
「何言ってるのさ。多分ヴォルトゥ帝国以外のとこ全部廃れてるよ」
 セシルは冷静に返す。そうだ。ここ世界に残っている大きな土地といえば、旧アメリカ改めヴォルトゥ帝国だけだ。
 だからこそ、夢くらい見ていたい。叶わぬ夢だとしても。

「いや、絶対あるって俺が保証する。だから一緒にブリガンテ殲滅して桜見に行こう」
 それを聞くと否や、セシルは声をあげて大笑いした。まるで可笑しなことを聞いたかのように。
「いやいや、君も案外面白いこと言うね。」
「別に面白くは……」
「うん、桜。見に行こう。約束だからね」
 そう言うとセシルは小指を差し出してきた。約束事のまじないだろう。
 クラウスも小指を差し出し、絡ませる。なんだか照れくさい。
 そしてセシルがまじない事をあらかじめ唱えると、絡めてた小指をそっと離す。
「いつか、平和な世界で桜。見に行こうね。」
「……ああ」
 放課後の図書室、2人でそんな約束事をした。
 しかしクラウスは失念していた。

 『友達でいるのは3か月までだ』、ということを。

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