蒼穹の黙示録

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白紙のクロニクル

 ――3か月だけだ。3か月だけお前と仲良しごっこしてやるよ
 そう放った鎖の言の葉から3か月が経とうとしていた。
 結局、オリヴィアの好きな人という人物のこともさっぱりだった。
 オリヴィアは何故かセシルだけではなく、クラウスにも話をしたがらない様子だったからだ。
 お手上げだ。もう、執着せずに彼女の幸せを願うばかりだ。もっとも、セシルの許嫁な以上それは叶わないが。
 当のセシルはそんなクラウスの心中を知らずに、いつも通り気さくに話をしている。
「ねえ、クラウス。聞いてる? ねえー」
 呆けていたのか、いつの間にかセシルにそう言われていた。
 刹那に意識を戻されたクラウスは「聞いてなかった」と吐露をする。セシルはなんだよー、っと言うだけだった。
 こいつは、わかっているのだろうか。約束の期間が刻々と来ていることを。
 知らないように楽しそうにクラウスに話しかけるセシルを見て、クラウスはそう沈思黙考していた。
 セシルをよそに熟思した結果、クラウスは『約束』のことについて言及することにした。

「なあ、お前。わかっているのか」
「なにが?」
「期限だよ。仲良しごっこの期限。もう少しで3か月だろ」

 このことを愉し気にしているセシルに物言うのは、心憂いものだった。
 だが本人の反応はクラウスの見込みとは一転、聞きしに勝るものだった。
「ああ、うん。3か月ね。ちゃんと覚えているよ」
 慮外、セシルの反応はあっさりとしたものであった。それに、それも今日まででしょ、という言葉も添えて。
 安堵と同時に名状し難い感情が生まれてきた。
 虚しさか?寂しさか?それとも怒りか?それらが混じり合った、自分でもよくわからない感情だった。
 その感情は誰に向けたものか、誰にその感情を起こさせたか。釈然としないままだった。
 ふと見ると、セシルはどこか哀しげに微笑んでいた。
 それが、自分の今ある激烈な感情を加速させた。
 ――結局、2人は何も言わないまま、『友達ごっこ』をむざむざと終えてしまったのだった

 その次の朝。クラウスはいつも通り登校し、自分の教室へと入る。
 ざわざわとクラスメイトの世間話で騒がしい教室もいつものことだ。一部の人物を除いては。
 オリヴィア、レイラ、クロード。この3人は誰とも話すことはなく、独りで過ごしていた。
 3人は今までセシルと膝を交えていたクラウスを、そして同様にセシルを冷ややかな目で見ていた。
 オリヴィアの視線は、レイラやクロードと違い、どこか寂しげな視線だった。
 そんな3人は、もうクラウスのことなぞ目もくれない状態になっていた。
 元々その視線は心づきなかったのだ。却って向けられなくて結構だった。
 騒がしい教室の扉がガラッと開く。途端にしんと静かになる。教室に入ってくる人物はセシルだ。
 セシルは銀色の髪を靡かせ、自分の席へと向かう。クラウスの席には行かなかった。
 セシルはもう、こちらを見ない。見ようともしない。
 そう今までのが無かったかのように。白紙に戻ったのだ。
 それでよかったのだ。元々3か月という約束だったのだから。
 でも何故だろう。こんなに苛立ちを覚えるのは。
「……そうか、あんなに欲しかった友達という奴もあっさり手放せるのかお前は」
 クラウスはセシルの方を見てそう小さく呟く。
 これでよかったのに何故だ、何故こんなにもセシルの態度に苛立ちを覚えるのだ。
 わからなかった。クラウスには、この気持ちがわからなかった。怒りと悲しみが混じったこの気持ちが。

 そんなクラウスをよそにオリヴィアらと同じくセシルは独りで過ごしていた。
 クラウスも、独りで過ごした。虚無のような感情を抱きながら。
 5つの名家の者、5名家皆、それぞれと同じく独りで過ごす日々を送っていた。
 そんな学校生活を送っていた時だった。7月くらいの時だろうか。
 その日はいつも通り、いやそうなった日々を過ごそうとしていた時だった。
 クラウスは授業を聞き流し、まんじりともせず窓の向こうの景色を眺めていた。
 特に変わりのない、路傍の人々が過ごしている土地の、ヴォルトゥ帝国エアースト区の景色だ。
 ふと、遠くに異常なものが見えた気がした。それは赤く揺らめいていた。

 それに疑問に思っていたその時だった。教室の外が騒がしいことに気が付いた。
 授業や世間話の類ではない。耳障りがするほどの金切り音。そうこれは悲鳴だ。
 そうと認識した時、警報が鳴り響く。「奇襲だ!」という声も聞こえる。
 その声にどよめき怯えるクラスメイト以外、名家の者は咄嗟に騒がしい教室から駆け出した。
 奇襲。それは輓近ヴォルトゥ帝国で目撃されている『ブリガンテ』だろうか。
 10mもある謎の化け物。その力は凄まじく少なくとも、この学校の生徒にはまだ敵わない相手だ。
 だがしかし、ブリガンテが火を扱うのだろうか?どこかなく煙たい香りが、焼けている香りがする。
 そんな報告はなかった。ブリガンテではなかったとしたら。
「……御使いか!」
 御使い。それは此の頃突如と人々の目に留まった筆者不明の『ノヤの手紙』に書かれている天使、というもの。
 5名家に代々伝わっている伝書にも書かれていた、天使というもの。
 その存在は誰もが想像する人々を救済してくれる存在ではなく、酷にも今ヴォルトゥ帝国が廃れている導因だと言う。
 クラウスは飛び出した際に護衛へと持たされたほとんど扱ったことがない長剣を握り締め、目的地へと駆け出す。
 もし御使いなら、天使を倒した者の血を受け継ぐ自分がやるしかない。

 クラウスは、いや名家皆、そう思い今の騒動の起因を探し学校の建物の中、駆けていった。
 火が回り、燃えてしまい生徒が無残にも倒れている、第二校舎でそれはクラウスの、同時にセシルの視界に入った。
 セシルもここだと思い駆けていったのだろう。視界にセシルの銀色の髪とひとつ、赤い色の髪が見えた。
 それはクラウス達の気配を感じたのか、ゆっくりとこちらを振り向く。
 その顔立ちは中性的で、恐らくそうそう見れないものだろう。
「やあ、随分と遅かったじゃないか」
 不穏な笑みを浮かべてそう、言う。少年の声だ。
 少年には、白い4枚の翼。星空のような感情が読み取れない瞳。セシルのとは違う、違う世界にいるような雰囲気だ。
 同時にこの状況の起因はこの少年だと、少年の手から放たれる炎でそう、確信した。
「お前、何が目的でこんな事をしているんだよ」
 セシルが少年に向かって睨みを効かせそう言う。
 その言葉を聞いて少年は知れたことかと言わんばかりの様子でこう、答える。
「見てわからないのかい。驕り高ぶっている愚かな人間共を殺しているんだよ」
 それを聞き、クラウスは業腹のような感情が湧いた。セシルも同じことだろう。

「お前……。ふざけるなよ!」
 セシルは佩刀していた朝光国行を抜刀し、少年に斬りかかろう、とした。
 しかし、それは少年がすかさず起こした爆風によって防がれてしまった。
 刹那、セシルの体は勢いよく遠くへと飛ばされてしまった。障害物に体が衝突し、セシルは咳き込む。
 クラウスも斬りかかろうとするが、それも無意味だった。そもそもセシルとクラウスとでは格が違ったのだ。
 セシルより戦闘経験が少ないクラウスはいとも簡単に爆風に耐え切れず、セシル同様吹き飛ばされてしまう。
 脆く壁に激突し、セシルのように咳き込む余裕も無く、呻く声しか出せないでいた。
 それを赤い髪の少年は愉快そうに笑う。
「はは、人間如きが僕に勝とうなんて無理な話だよ」
「そんなはずは……っ!」
「ああ、もしかして君達人間は天使を仕留めたとかいう話を信じているのかい?」
 クラウスの否定の言葉を赤い髪の少年は変わらずの笑みで遮ってそう言った。
「うん、確かにその話は嘘じゃない。でもね、その天使というのは多分、智天使<<ケルブ>>だと思うよ。」
「僕達熾天使<<セラフ>>と比べて位が下なんだ、だから僕には勝てないよ」
「……っ!」
 クラウスは顔を歪ませた。天使に位が?こいつはその中でも上位の者なのか?
 それに、伝書で書かれてあった5名家でも悪戦苦闘した天使より上だったらこいつに勝つには――。
 クラウスがセシルと2人でも圧倒的な力の差、赤いの少年の言葉に戦意喪失していた時だった。
「お前……、何諦めてんだよ!!」
 遠くの方でセシルの声が聞こえた。声のする方向を向くとセシルがフラフラとしながらも立ち上がっている。

「ふっざけんなよ……。僕に勝手に約束押し付けてその約束破るって言うのかよ」
「お前の人生ここで終わらせるのかよ!お前はそういう人生望んでいたのかよ!!」
「例えそうだとしても、僕が無理矢理お前を生かせる。お前が死ぬなんて僕が許さない」

 そうクラウス奮い立たせるように言う。約束。それだけのためにセシルは今、少年に立ち向かおうとしている。
 その言葉を聞かされたクラウスは自分の中で溢れ出す感情が、あった。
 お前は、約束のためだけに生かせようと、生きようとしているのか?
 そういう人生。今ここで野垂れ死ぬ人生、勝手に決められて勝手に終わる人生。
 そんな人生はセシルは、クラウスは、望んでいなかった。
 セシルの言葉に諦めていたクラウスもふらっとおぼつかない動きで立ち上がり、少年を睨み付ける。
 約束のために、絶対に勝つ。そう何も根拠のない想いをクラウスの中に芽生えていた。
 だがセシルとクラウスの2人がかりでも敵わない相手にどう勝つというのか。
 そう、勝機がまるで暗闇の中にあるみたいに、よんどころなく見えなかった時だった。

「その辺にしておきなよ、デザストル」
 どこからか鈴を転がすようで、機械のように冷たい声が聞こえた。
 
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