蒼穹の黙示録

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描かれるクロニクル

「その辺にしておきなよ、デザストル」
 セシルとクラウスが勝機を見失っている中、そんな言葉が聞こえた。
 どこからか鈴を転がすようで、機械のように冷たい声。
 そして、いつの間にか燃え上っていた炎はそれを通すかのように消え去っていた。

「……コルネリア!?」

 デザストル、と呼ばれた少年は手を止め、その声の主の方を向く。
 セシルも、クラウスもそちらを向く。
 そこには、少女がいた。いや少女と言うには少し冷酷すぎる。それに、只者じゃない。最早声だけでわかる。
 その少女には、翼があった。デザストル達とは違う、星空のような翼。
 全て見透かすかのような瞳。姿を見ただけでも寒気が走る。
 いるだけでも全てを圧倒するような雰囲気。これは。
「……本気で死ぬかもしれないな」
 そうクラウスは言う。さっきまであんなに言っていたセシルもその言葉には何も言わない。
 セシルですらそう思っているのだ。『自分達は此処で死ぬ』のだと。

「コルネリア、珍しいじゃないか。君が自ら出向くなんて」
 デザストルはこちらのことなんか目もくれずに、コルネリアと呼ばれた少女に言う。
「ここに、奇態な気配がしたから来た」
 その言葉を発すると、コルネリアはこちらの方向を一瞬、視線を向けたような気がした。
 コルネリアの言葉にデザストルもセシルらも理解が出来ずにいると、誰が予想出来たであろう事が起きた。

 ガキィン、と刹那にそう、鋭利な音が響いた。
 見ると、コルネリアが誰かの奇襲を、所持しているであろう銃剣で防いでいた。
 気配を消していたのであろうか。まるでコルネリア以外誰も気付かなかった。
 コルネリアを攻撃している者はこちら側だとよくわからない。が、ただひとつだけわかることがある。
 その人物は銀色の髪だった。セシルと同じ、銀色の髪。持っているのはセシルの持っている武器とよく似ていた。
 背丈から目視するに、青年だろうか。セシルと同じ、珍しい銀色の髪。
 ふと青年の周りと見ると、ひらり、ひらりとこの状況には相応しくない、優雅に舞っているものがあった。
 いつしか本で見たもの。もう、この世界ではいなくなってしまったもの。それの名前は蝶、というものだ。
 それが、青年の周りを、2羽は青く煌めき、1羽は紫に煌めき、羽ばたいていた。
 青年は、この廃れた世界ではあまりにも神秘であり不可解な、そんな存在だった。

 青年の攻撃の手をコルネリアが弾き飛ばす。それに怯むことなく、青年はまたコルネリアへにと打掛る。
 手を止めないまま、青年はこちらへと見もせずセシルらへこう言う。
 その声は、澄んでいてコルネリア同様で機械のように冷たい、そんな声だった。

「君達、そこの女の子を連れて早く逃げなさい」

 そこの、という言葉にクラウスがあたりを見まわすと、焼け爛れた光景の奥。
 白い髪の、セシルと同じくらいの年の端正な少女がいた。
 その姿はセシルもクラウスもよく知っている風貌だ。白い髪に白い肌。それに、翡翠色の瞳。
 誰もが知っているであろう名家の者、シュトルツェ家の長女、オリヴィアだ。
 火災での煙を吸い込んだせいか、それかデザストルにやられたのか否か。
 オリヴィアは、焼けた教室の奥で意識朦朧としているらしく、倒れこんでしまっていて動けない状態だった。
「早く、これは君達でどうにかなる相手じゃない」
 急き立てるように青年が言う。確かに、これはセシルらではどうにもならない相手だ、その言葉には首肯出来る。
 セシルとクラウスは、お互いの視線を合わせ青年の言う通り、オリヴィアを連れて撤退することにした。

 オリヴィアはセシルが咄嗟に抱え込むことにした。クラウスには、出来なかった。
 単に抱え込むほどの力がないわけではない。今のクラウスには、オリヴィアに触れることは出来なかった。
 オリヴィアには他に想い人がいて、それにセシルという許嫁がいて。
 クラウスにはオリヴィアに、触れる資格などないと思っていた。阻害なものだと、思っていた。
「クラウス、何しているんだよ!早くここから逃げるんだよ!!」
 セシルの言葉に我に返ったクラウスは、セシルの言葉に返す言葉もなくすぐさまその場から駆け出した。
 後ろから聞こえる、金属達がぶつかり合う鋭利な音を背にして。

 随分と駆けていった頃だろうか。コルネリア達がいる場所へとは遠い、そこから見えない場所へとたどり着いた。
「いやー……。危なかったね」
 オリヴィアを抱えて走っていたためだろうか。それとも、万事休すのとこをなんとかやり過ごしたためだろうか。
 少し呼吸を乱しながらセシルは言う。クラウスも同様に少し乱した呼吸で「ああ」と返事をする。
 オリヴィアは目を覚ます気配はない。2人はオリヴィアが目を覚ますまで待つことにした。

「……なあ」
「なぁに、クラウス」
「あの人、お前と同じ髪の色をしていたな」
「……そう、だね」

 そんな会話をしながらクラウスは考えていた。あの青年は一体何者なのか?コルネリアという少女との関連性は?
 なぜ自分達を助けた?なんの目的で?そもそもなぜここにコルネリアがいることを知っていたのか?
 全てが謎だったが、なによりも「セシルと同じ銀色の髪をしていた」ということが気になっていた。
 ――もしかしたら、セシルと関係のある人物かもしれない。クラウスがそう、考えていた時だった。
 突然、プツリと糸が切れたようにセシルが倒れ込んだ。壊れた人形のように。
 クラウスは驚愕し、そしてセシルの様子をうかがう。ただ意識を失っているようでセシルは眠っていた。
 クラウスは安堵し、セシルをそのままにしセシルとオリヴィア、2人が目を覚ますことを待つことにした。

 ――セシルが目を覚ましたら、そこは暗黒の世界だった。
 まだ眠っているわけではない。意識はあるし体も動く。それにここはよくない気配を感じる。
「一体、ここは」
 セシルはひとり闇の中そう、呟いた。

 
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