蒼穹の黙示録

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幸福の崩壊

「神が蘇る……、か」
 バサッと音を立ててやけに分厚い本を閉じ、その本に書かれていた最後の文章に、黒髪の少年は呟く。
 その少年、柳澤恵輔(やなぎさわ けいすけ)は本を机に大雑把に置いた。
 神が蘇るなんて、ましてやこんな惨憺な世界に神なんているはずがない。恵輔はそう思ってた。
 この世界は過去に大規模な災害が起き、人口が減った。
 凄まじい災害だったと聞く。地上は減り、海は毒へとなり海の生物が死んだ。
 そのせいで人々は食料に困り果て挙句の果てにはただでさえ災害で減ってしまった人口が減ってしまった。
 神がいるなら、人々の嘆きも聞き入れてくれるはずだと思っていた。助けてくれると思っていた。
 でも実際は助けなんかない。どんどん状況が悪化するだけだった。だから、神なんているはずがない。
 人口が減り、残った人々はアメリカ改め『ヴォルトゥ帝国』を拠点にして暮らしていた。
 ヴォルトゥ帝国は7区域に分けられており、恵輔は家族と共にセスタ区という区域に住んでいた。
 7区域ある中で特に貧しい部類に入る区域だ。

「そういえば……。この本、一体何なんだ?」
 この本は突然、恵輔の部屋の机にポツリと置いてあったのだ。
 しかし恵輔はその奇妙な本をなんとも思わなかった。ただの暇つぶしだと思っていた。
 だがこの本の内容は珍奇なものだった。創造神とは?破壊神とは?御使いとは?どれも恵輔には難解だった。
 恵輔はその本を捨てなかった。やたら分厚いにも関わらず、ほとんどのページが白紙だからだ。
 もしかしたら突として続きが筆記されているかもしれない。
 娯楽もないセスタ区に住んでいて退屈してた恵輔にとって奇々怪々な出来事を期待することしかなかった。
 唯一の愉楽といえばそう。
「おにいちゃん、ご飯だよ!」
 扉を開けながらその幼く可愛らしい声の主は言った。
 恵輔の妹、家族のあかりだ。
 あかりは幼いながらもこの惨憺な世界でも無邪気だった。恐らく兄の恵輔や両親に心配させないためであろう。
 そう考えると恵輔は胸をチクリとさせる。まだ7歳の幼いあかりに気を遣わせてしまっているのだから。
「おにいちゃん?どうしたの?」
 あかりの声に、いつの間にか恵輔は自分が暗い表情をさせていたことにハッとさせる。

「へいへい、今行く」
「あっ何その態度ー」
 娯楽も何もないセスタ区に住んでいる恵輔の唯一の愉楽、それは家族と過ごすことだけだった。
 家族といることだけが、この無情な世界を生き抜く希望だった。
 あかりと一緒に階段を降りると既に夕飯の用意が出来ている両親の姿があった。
「お、恵輔来たか」
「もうご飯出来てるわよ」
 と両親は恵輔を見るなりあれこれと次から次へと言う。
「わーってるわーってる」
 恵輔はそれらをあしらうように適当に言い、席に座る。
 食事は決して豊かな物ではなかったが、母が腕を揮って調理したと考えるとそれだけで有り難い。
 
 家族全員揃った所で「いただきます」と言ったところで食事を始める。家族仲良く談笑しながら。
「そういえばおにいちゃん」
「なんだ、あかり?」
「おにいちゃんが最近持ってる分厚い本何?面白い?」
 あかりが顔を覗き込み恵輔に問う。
「んー……。あー、クソつまんねえ」
「なにそれーそんな本持ってるおにいちゃん変なのー」
 恵輔があの本に適切な言葉を選び発すると、あかりは面白可笑しくくすくす笑う。
 あかりに釣られて可笑しそうに両親も笑った。
 恵輔もへらへらと笑う。幸せだ。この当たり前で当たり前でない時間が幸せだった。
 そうだ。家族さえいればあの本なんていらない。何の役にも立つわけでもない、
 邪魔になるだけだ。手っ取り早く捨ててしまおう。そう考えた時だった。
 
 言葉では形状し難い、思わず耳を塞ぎたくなるほどの爆音が聞こえた。
 大きな風圧も感じ恵輔はいとも簡単に飛ばされる。同時に人々の叫び声や悲鳴も聞こえる。
 家の壁は半壊してしまっている。そこからあるものが見えた。
 恵輔らの前に、約10メートルほどだろうか。人を簡単に飲み込めそうなほどの白くて翼を持った化け物がいた。
 頭や目は複数あり、胸には大きな口の様なもの。手は鋭利な作りでそれで人を傷付けるのは容易い。それと同様な鋭利な尻尾。
 そんなこの場には異様な生き物がドシンと音を地響きと出して共に歩いている。
 化け物は恵輔達が目に入ったようでゆっくりと確実に、こちらに近付いてくる。
 恵輔は『それ』を何者か察した。そして瞬時に耳にしたくない重い音が聞こえる。

 この世界で大きな災害と共に突如現れた人々を襲い脅かす化け物。そう、その化け物の名前は『ブリガンテ』だ。
 ヴォルトゥ帝国がそう名付けた化け物は恵輔の両親を先程まで生きていたとは思えないほど、悲惨な肉塊にしていった。
 恵輔はそれを見て立ちくらみをさせた。生臭い血の匂い。悲惨な両親だった姿の肉塊。
「おかあ、さん。おとうさ……」
 その光景を目にしたあかりは絶望を表した表情でガチガチを歯を立てた。恐怖で声も出ないまま掠れた悲鳴をあげる。
 それを目の当たりにし震え、その場から動かずにしているあかりに気付いた恵輔は声を荒げて叫んだ。
「あかり!! 逃げろ!!」
 だが、あかりはあまりに恐怖に足がすくんで動けないようだった。
 無理もない、目の前で両親が化け物によって虐殺されたのだから。
 ドシン、ドシンとゆったりと地響きを鳴らしブリガンテがあかりに近づいていく。
 恵輔は助けにあかりに走り寄ろうとした。まだ生きている唯一の家族あかりを助けようとした。
 刹那、恵輔の身体にに赤黒くて生暖かくて、生命を感じさせる“それ”が飛び散る。
 “それ”は、あかりの血だった。
「……あ、あかり……?」
 恵輔は悲嘆の声をあげた。それは恵輔にとってあまりにも信じられない光景だった。
 あかりは既に動かなくなっていた。声をあげる暇も無く。
 赤黒い血を流しながら人形のようにぱたりと。ブリガンデによってあかりは無残にも生命を終えてしまったのだ。
 
 その信じられない光景に恵輔はただ呆然とした。そんな。さっきまで、さっきまで笑っていたあかりが。
 さっきの幸せだった時間が走馬灯のように駆け巡る。
 家族が、あかりが。唯一の幸福が。このわけのわからない化け物に壊された。
 どうして、どうして。何も罪のない両親が、あかりが、どうして殺されなければならない?
 どうして、突然現れた得体のしれないものにあっさりと、幸せを壊されなければならない?
 あかりを殺したブリガンテは標的を恵輔に変えたらしく、ドシンドシンとそのまま恵輔に近付いてく。
 恵輔は逃げる気力もなかった。逃げて生きようとする気もなかった。
 ――俺もあかりのところへ、家族のところへ逝こう。
 そう思いそのまま凶器のような、鋭い手を振りかざそうとするブリガンテを恵輔は虚ろな目で眺めていた。

 刹那、ブリガンテの体が真っ二つになり、そのまま蜃気楼のように消えていった。
 恵輔の目の前にはブリガンテは消え、そこには身丈には合わない大きな剣を持った少年がいた。
 服装を見る限り、ヴォルトゥ帝国が築き上げた軍、ブリガンテ殲滅特殊部隊『ルドラ軍』の者のようだった。
 歳は見た所14くらいだろうか。
 紺色の髪と紫の瞳をし、無愛想な顔つきの少年がこちらを睨み付けて近寄りがたい雰囲気を漂わせている。
「おい、何をぼーっとしている」
 恵輔に向かって少年は眉を顰め、苛立ちを見せながらそう言った。
「あ? なんだよお前」
 恵輔も負けじと喧嘩腰な態度で答える。その態度に少年は更に険しい顔をさせる。
「お前……逃げずに呆然としていた間抜けな所を助けてやったというのになんだその態度は」
「知らねえよ。ていうか頼んでねえし。……それに別に死んでもよかったし」
「……今ここで殺してやってもいいだぞ?」
「ハッ、できるもんならやってみろよ」
 出会ったばかりの見ず知らずのはずの二人が火花を散らしていた時だった。

「はーいはい。そこの君達喧嘩しないしない」
 恵輔の後ろから軽やかな声がした。無愛想な少年の目線は恵輔の背後の方を向いていた。
 無愛想な少年の表情は先程と変わらずで心が恵輔には読めない。
 恵輔も釣られて声のする方向を向くと無愛想な少年の同僚だろうか。
 珍しい銀色の髪を風に靡かせた少年がゆらゆらと揺られる紅い夕陽と共に、いつの間にかそこにいた。

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