蒼穹の黙示録

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第三のラッパ

 銀色の髪を持った少年はニコニコしながらこちらに近付いてくる。  
 彼が近付くごとに恵輔らとの距離が縮まる、少年の歩く動作と共に揺らめく白銀の髪の隙間から表情の細部が見えてくる。
 恵輔は息を飲んだ。髪の隙間から覗かせた少年の目。整い過ぎている少年の顔立ち。
 かつで本で見かけた深い海を思わせる青色の目。雪のように白い肌。そしてここでは見かけない珍しい銀色の髪。
「君、大丈夫? 怪我はない? 」
 少年は恵輔の目線に合わせながら深い青色の目を細め、恵輔に問いかけた。
 微笑んでいるはずなのに人形のような冷たさを感じる。恵輔はどこかなしか寒気を感じさせていた。
「……俺は無事だけど、俺の」
「ん?」
「俺だけ無事なのに、親が、あかりが、殺された……。」
 恵輔は顔を顰めて恨めしそうにその言葉を発した。それを聞いた銀色の髪の少年の表情に悲哀の影がかすめる。
「そう、か。……ごめんね」
 少年は悲しそうにそう言った。その謝罪が何に対しての謝罪かはわからなかった。
「セシル、お前が謝る事じゃないだろ。お前はスィエテ区にへと命じられたんだろ。だったらセステ区の事で責任負う必要はない」
 無愛想な少年が銀色の髪の少年を『セシル』と呼ぶ。『セシル』。どこかで聞いたことがある名前だった。
「……セシル?」
 恵輔がそう言うとセシルと呼ばれた少年は再び表情をにこやかにし、思い出したかのように言う。

「ああ、名前言ってなかったね。僕は『セシル・ギルバート』、こっちは『クラウス・ナイツェル』だよ。まあこんな鬼のような形相だけどいい奴だよ」
 セシルの言葉に恵輔は驚愕した。『ギルバート』と『ナイツェル』。
 ヴォルトゥ帝国で頂点に君臨する名家でしかもギルバート家は頂点に立つほどだ。
 そのギルバート家の長男、セシル・ギルバートはこのヴォルトゥ帝国、この国の次期王。
「おい、セシル。鬼のような形相とはなんだ」
「それで、君の名前は?」
「無視か」
 反論すろように口を開いたクラウスの言葉を遮ってセシルは恵輔に問いかけた。
 恵輔は相手が名家の者だと知った途端、急に縮こまってしまい「……柳澤恵輔です」と控えめな声で言った。

「そんな別にかしこまらなくていいよ。こんな世知辛い世の中だ。僕のことは兄でも家族でも思っていいから」
 その言葉に恵輔は先程の言葉以上に衝撃を受けた。クラウスもセシルの言葉に衝撃を受けているようだった。
「お前……なに考えているんだ」
「いいじゃーん。それに僕、一人っ子だし?」
「よくない!!」
 そんなクラウスとセシルのやり取りを目にしながら恵輔は呆然としていた。
 兄。家族。セシルが発した言葉が頭の中を駆け巡っていた。
 国の頂点に立つ名家の人間と貧しい区域で住む人間が家族?その言葉に猜疑を覚えた。
 そしてついさっき家族を亡くした者によくぞのうのうと言えたもんだ。
「俺の……俺の家族はあかりや両親だけだ、です」
 つい感情的にため口で言ってしまったのを無理矢理に訂正する。
 そう、あかり達以外の家族なんていらない。
 ましてやこの平凡なただの少年と国の頂点に君臨する名家の少年とだなんて非現実的な話だ。
 セシルは「そっか」だけ言ったところで、ふと何かの気配察したように表情を変える。
 そして佩刀していた刀にカチャリと音と共に手をかける。

 セシルの視線は上、この紅い夕陽が出ている夕焼けの空の向こうを指していた。

 恵輔は上を見上げた。
 そこには長い金色の髪を持った青年がいた。いや、飛空していたが正しいだろう。
 恵輔はそれを見た瞬間目を見開いた。
 その翼はあの奇妙な本の、『星空のような、美しい瞳と4枚の翼』と同じだったからだ。
「……まさかあの本の書いていることは本当なのか?」
 信じられない光景に思わず呟く。
「ハッ、やっぱりここにいたか熾天使<<セラフ>>!」
 セシルが好戦的な態度で言う。それにセラフと言われた青年は答える。

「いかにも!私は第三のラッパ吹き、ステラ・セラフィム!」
 青年はそう名乗る。ラッパ吹き。それはこの世界の惨状と関係のあるものだろうか。
「お前……、一体何だよ」
 恵輔がステラに対してそう問う。
「ん〜? 何ってただ驕り高っている愚かな人間をちょーっとお仕置きしただけだよ?」
 そうステラは答える。こいつのせいで、家族が。
「驕り高って仕置きされるのはお前の方だよ」
 その言葉にセシルはステラに脅喝するかのように言う。
 ステラは威勢のいいセシルを見下すかのように鼻で笑う。
「私熾天使に対してその態度、人間にしては実に好感的! これが女性だったら尚よかった!」
「ぬかせ!」
 戯言を言っているステラにセシルは抜刀し、斬りかかる。それは見事にステラの胸に命中する。
 ステラは「うぐっ」とうめき声をあげる。
「なんだもう終わりか? デザストルやコルネリアみたいに強くないなお前。じゃあな!!」
 セシルはステラに止めをさそうと構える。
 恵輔はそれよりもセシルの言葉に出てきた『デザストル』と『コルネリア』という名前に反応する。
 この2つの名前もあの妙な本に書かれていた名前だ。

 こいつは、何か知っているのか?恵輔はそう考えた。セシルの刀がステラに触れようとした時だった。
「ふふん、まだまだ甘ちゃんですねえ君は」
 とステラがセシルを吹き飛ばす。セシルは吹き飛ばされたがなんとか受け身はとれたようだ。それにクラウスが慌てて駆け寄る。
「なっ……! なんでピンピンしてんだこいつ!」
「私は回復が得意でねえ。あんな傷なんか一瞬で治ってしまうんだよ。」
 ステラはこちらを馬鹿にしたように笑う。こいつは傷の回復が尋常じゃない。だとすれば……。
「……死なないのか?」
 恵輔が言う。それにステラが「ご名答!」と機嫌が良さそうに大げさにこちらに指を指しながら言う。

「私は快癒能力が優れている。だとすれば斬っても斬っても回復するから死なない。ああ、可哀想に君達私を倒せずに私によって、ここで死んじゃうんだよお!」
 などど高笑いしながらぬかす。
「くっ、出来ればこれは使いたくなかったんだがな」
 クラウスが何ををするかのように集中させ、構える。それをセシルが「待って」と制する。
「クラウスが神術使う必要ないよ。お前のろまだし当たんないだろうし、それに神術使ったら倒れちゃうでしょ〜、君」
 神術。それは抜群の霊力という物を持っている者や選ばれた者に「神術」を得る訓練を受けることができる、
 言ってしまえばゲームでよくある必殺技みたいなものである。
 おまけに神術は壮絶な霊力が必要であるとされ、名だたる名家でもそう安々と会得できないほどである。
 それを、この14の少年らは神術を持っているというのだ。

 セシルの言葉にクラウスが悔しそうに顔を歪め、「なら頼めるか」という。それにセシルは二つ返事をし、
「要するに手っ取り早く致命与えればいいんでしょ?」
 といい、刀を地面に突きさす。神術の合図か?と恵輔が思った時だった。
 ステラの悲鳴が聞こえた。苦しそうな絶叫のような感じもした。
「ぐっ、くそ……、お、のれ人間が」
 途切れ途切れにステラは言う。ステラの体には、心臓がある位置を中心に黒い影のようなものが突き刺さっていた。
 あれが、セシルの神術か。それにしてもいとも簡単に神術を用いているセシルに恵輔は驚愕した。
 しかも当の本人はケロっとしていて、霊力を使ったようには見えない。
「あはは、言う割には弱かったね、熾天使さん。今度こそほんとにバイバイ」
 と言い、セシルの神術はさらに追い込みをかけるかのように、影が増え青年の体を突き破っていった。
 苦痛な絶叫と同時にステラの姿は消えていった。ブリガンテと同じ、蜃気楼のように。

 それを確認したセシルは刀を地面から引き抜き、佩刀する。そして「あ〜疲れた〜」と大げさに伸びをし言った。
「よく言う……」
 それをクラウスが呆れたように言う。全くもって同感だ。本人は全然疲労しているようには思えない。
「んまあ、これで片付いたし、オリヴィア達と合流しようか〜」
 とセシルは言う、恐らくギルバート家、ナイツェル家以外の名家の者だろう。
「あ、恵輔くんも一緒に」
 セシルは向きを変え、恵輔に手を差し伸べ、さらりと言う。それに恵輔とクラウスは「はぁ!?」と驚きの声をあげる。

「お前……。あれ、本気だったのかよ……」
 引き攣った表情をしながらクラウスは言う。恵輔も同じ顔だろう。
「あれ、ひどいな僕が嘘言った事ある?」
 セシルが疑問そうに首を傾げ、続けて「だってこの子どうするのさ」と言う。
 それにクラウスは呆れながら「御人好しもいい加減にしろ。クヴィーナ区に突っ込んでおけばいいだろう」と言う。
「クヴィーナ区……」
 その言葉を聞き、恵輔は呟く。そうか、恵輔が住んでいたセスタ区がブリガンテにより廃れてしまった。
 スィエテ区も同じことだろう。だとしたらクヴィーナ区に移動するのが自然だ。
 なのにセシルは、一緒に来ようなど家族などと言っている。正直恵輔には頭がやられているとしか思えなかった。
 それくらい、ギルバート家は名誉は壮大なものだった。
「うるさいうるさーい。ギルバート家の命令は絶対でーす」
 セシルがそう告げるとクラウスは反論出来ないかのように「……こんな時だけギルバート家の名誉使いやがって」と言う。それにセシルはへらへらと笑う。

「んじゃあ、ギルバート家の命令ということで、ついてきて」
 と、セシルは言い恵輔の手を引く。命令、と聞いた恵輔は逆らう気も無く言葉通りついてくることしかできなかった。
 そんな恵輔をよそに「オリヴィア達にも紹介してあげなきゃな〜」とセシルは呑気に言う。クラウスも呆れている様子だ。
 恵輔は自身の未来を心配した。自分はこれからどうなるのかと。
 でもそれは、チャンスであった。

 名家に気に入られる。即ちそれはあかりの、家族の仇を討つ近道だった。
 セシルらが所属しているルドラ軍というものは名家の推薦によりでも入軍出来るらしい。
 ただし、人徳的にも能力的にも気に入らればだが。
 生きる意味を失った恵輔は今、新たに意味を見つけることができた。
 家族を殺したブリガンテの、その出処を明晰にし、殲滅させる。
 呑気そうなセシルをよそに、手を引かれながら恵輔は復讐心を燃やすことしかなかったのだった。

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